東北 船上回向 part 1 3月4日(月) 平成25年3月4日(月)~5日(火)大本山知恩寺布教師会主催の3回目の東北震災地慰霊 船上念仏回向に、今回、住職が初めて参加しました。3日(日)の法務を終えて夜の新幹線で、東京上野へ(泊)。翌朝、上野から始めて乗る東北新幹線で集合地 仙台へ。

蔵王連山と思われる山並み

蔵王連山と思われる冠雪の山並み 始めて乗る東北新幹線から撮影

9:00に布教師会の方々に合流し、バスにて慰霊の旅に出ました。 バスで、この慰霊の旅で震災地を案内してくださる 慶松亮二さん から挨拶がありました。 震災後の5月から被災地に入られ、その都度、潜水仲間を募って、海に流された遺体捜索、海に沈んだ瓦礫処理をされている。海に流された家族を持つご家族にとって心からの願い、漁業関係者にとって切実な願い、それらを受けての活動。海に生き、海を生業をする人たちにとってかけがえのない活動をされておられる。そのお話しを車中で説明を受けながら旅は進んだ。

慶松亮二氏

慶松亮二さんは、ナウイの指導員で潜水士の指導もされる方。                          現在、「南三陸町歌津地区 漁業再会支援プロジェクト」で支援されている。川崎市から被災地に入られている。

今回の船上回向をコーデイネイトされた 堺市正明寺 森俊英師より僧侶16名、慶松さんにつながりのあるボランテイアの方々16名の団体であることの紹介があった。

道の駅「上品の郷」

石巻 道の駅「上品の郷」                 ここで大坪さんらが休んでいるとき、水門を閉めに行ってご主人が流された奥さんが途方に暮れておられた。潜水士の格好をしているので、「どこにお願いをしていいか判らなかい。主人を捜してもらえませんか」と。それがきっかけで行政や漁協を動かすこと活動につながったとのこと。

10:15道の駅「上品の郷」で休憩 出発後のバスの車内で、慶松さんらと同じ潜水指導員の大坪俊彦さんから活動の紹介がありました。

大坪俊彦氏

大坪俊彦氏 慶松氏と同じくナウイの指導員でボランテイアをされている。                    全く援助も受けず、広島から自費で被災地に入り、志を同じくする人達と一緒に活動されている。

大坪さんのお話から、一部紹介 縁あって岩手県山田町にて捜索活動を始め、山田町での活動後、宮城県石巻市雄勝町での捜索ならびに漁業復興支援活動を経て、現在石巻市北上町十三浜にて、石巻市役所北上総合支所と地元住民からの正式な要請のもと、志を同じくする個人的有志の集まりで捜索活動を継続中とのことです。  十三浜という名前は、北上町に「月浜」「吉浜」「白浜」など13も浜があったことに由来し、この地域と北上川で捜索中で、この地域の不明者は当初99名が、今、ようやく85名になった。2年間で14名しか見つかっていない。水中のご遺体は5体。月浜では33名が行方不明。吉浜小学校の子供2名が含まれている。     自分の時計も判らない視界ゼロの中での捜索であった。マスコミが来ないところで、地元の人も「取材を受けたくない」という気持ちがあり、ボランテイアも入らない所で活動を始めた。 バスの右側に見える大川小学校では80名が犠牲。未だに不明児童が2,3人ある。今でも掘り起こして遺体捜索をしている。北上町には未だにコンビニも出来ていない。  また、2013年3月7日現在の不明者数は2,694人、昨年9月からのご遺体の発見は3人のみとなっている。     など、現在までの捜索のお話、地域の現状を聞かせていただきました。  今後も活動を継続されていかれるので、「支援者を求めている」とのことです。 支援いただける方は、メール、電話などをいただければ大坪さんに連絡を取らせていただきます。

11:00吉浜小学校着。

吉浜小学校前で

吉浜小学校前で、知恩寺布教師会会長 榎本了示師を導師として、三回忌のおつとめをする。

三回忌のおつとめのあと、地元の方々と百万遍知恩寺に伝わる数珠繰りをしました。数珠繰りの様子を動画撮影しました。

おつとめのあと、北上総合の支所の職員の方からお話しをいただき、 「ハード面の復興が出来ても心の復興がすぐには出来ない。お坊さん方の力を頼みとしたい」とお聞きしました。

焼香所の祭壇

焼香所の祭壇

11:30白浜地区へ この地区では17名行方不明 白浜地区の人とおつとめする。

白浜海岸で

11:30 白浜海岸で地元の方とおつとめ

白浜海岸

白浜海岸                           多くのいのちを飲み込んだとは思えない美しい海岸。                          堤防工事の看板に平成28年3月完成目標と書かれてあった。長い道のりを感じました。