よもやま話 第14話 東北船上回向Part 3
東北船上回向 Part 3 3月5日(火)
朝 6:30ころ

ホテル観洋から撮った志津川湾の日の出。ここが被災地とは思えない美しい日の出に複雑な思い、大自然の営みに言いようのない不思議な思いを持ちました。
8:25 ホテル出発 気仙沼へ
気仙沼の市街から一番離れている 小泉地区へ向かう。ここは、誰もボランテイアが入っていないとのことで、復活することが難しく、いずれ消滅するだろうとのことで、勝又さんが、是非とも記憶にとどめてほしいということで、小泉地区が望める高台の小学校に向かいました。
9:00 気仙沼市立小泉小学校

小学校の入口の10戸の仮設住宅
阪神大地震の時も、豊中市でも校庭や公園が仮設住宅で埋まりましたね。

気仙沼市立小泉小学校
校舎は新しくきれいだが、創立130周年の記念碑があり、歴史を感じる。授業中なので注意を払って校内に入りました。

「津波の教え」の石碑
校舎横に立てられている。今、被災地で建てられている碑の中で一番大きいとのこと。「てんでこに逃げよ」と刻まれている。この碑の向こう左手に広がるのが、小泉地区。右手に広がるきれいな海はサーフィンのメッカで、木村拓哉もサーフィンに来たとのこと。

小泉地区
家の基礎だけになり、集落の気配もなくなり、草原状態です。

校庭から見下ろす小泉地区
家の基礎だけの草原状態の向こうに見えるのは小泉地区に建てられた瓦礫処理場。稼働し始めており、それもあって、この地区は街としては消滅するだろうとのこと。
9:20 ごっそり流されたしまった道の駅「大谷(おおや)海岸」へ。気仙沼線「大谷海岸駅」と併設。目の前に海水浴場に広がり、夏にはにぎわったと思われるが、ごっそり流されてしまっています。

大谷海岸駅 プラットホームとがレールだけが伸されている。目の前が海水浴場になっているので、津波をもろに受けたようです。
10:00 気仙沼市 市中に流されてきた第十八共徳丸。

気仙沼 津波で市中に船 テレビでたびたび映された第十八共徳丸 ドッグに入っていた空船だそうです。撤去の意見と保存の意見と両方あるそうです。

第十八共徳丸

船の近くでお勤め 船に手を合わす観光客が多いが、地元の人は空船なので船では誰も亡くなっていない、手を合わせてもらっても・・、という意見が多いということで、船の近くでおつとめ。
10:50 陸前高田市 高田松原

高田松原 組み立て中の一本松 車窓より

道の駅「高田松原」 壊滅した建物
道の駅「高田松原」から広田湾に向かっておつとめしました。

道の駅跡から広田湾に向かっておつとめ 向こうに見えるのは、千昌夫さんの所有だったというキャピタル1000というホテル、撤去工事が進んでいました。
11:15道の駅「高田松原」出発 車中で、勝又さんから、瓦礫処理、捜索以外にも漁業のために活動など、いろいろお話をお聞きしました。ここで、その一部を紹介します。

船上回向の最後の目的地 越喜来湾に到着

崎浜漁港

崎浜漁港竣工碑

お坊さんと2艘の船に分かれて、遺族の方々も献花の花を持って乗船。
越喜来湾での船上回向、風が強く寒さも厳しい日でした。その分、この声届けよとばかりに、心から湧いてくるお念仏に力が入りました。

越喜来湾での数珠繰り 下船後、集まられた遺族の方々が多く、2つの輪になって数珠繰りをしました。
陸上でも風吹きすさぶ中での数珠繰りでした。涙を拭き拭き一緒にお念仏を唱えておられる遺族の方々、その思いは如何ばかりかと思い続けるお念仏でした。
13:40 数珠繰りも済み、地元の方と別れるとき、何人もの方が寄って来られて、「お坊さん、どちらから来られたのですか」と聞かれました。「私は大阪からですが、京都、九州、長野などいろんな所から集まって来ました」と答えると、どの方もびくっりされたように「そんな遠いところから。心が落ち来ました。ありがとうございました」とお礼を言われました。涙を流しながら、数珠繰りされておられる方もありました。
私たちのおつとめが、少しでも地元の方々、遺族の方々の癒し、心のケアになっていたなら幸い、被災地の方々に少しでもお役に立てたかな、と思うことができました。
16:20 水沢江刺駅に到着、新幹線を乗り継いで帰路に。
わずか2日間の慰霊の旅でしたが、被災地の方と少し繋がった気持ちを持ちながら、帰路に着きました。被災地に入っておられる慶松さん、大坪さん、現地でがんばっておられる勝又さん、ホテルの女将さん、漁協の人達など今回の呼びかけに応じていただいた多くの方のお蔭でたくさんのことを学びました。この企画をコーデイネイトされた森俊英師のご努力にも感謝しながら、帰阪しました。
最後に、慶松さんがお話しされたことがあります。
慶松さんは、震災後の5月から被災地に入られて活動されたとのことです。
何をすればいいのか模索している中で、地元の方達が、「あそこの沈んでいる車の中に主人がいるはず、捜して下さい」、「あそこの海にひっくりかって船底を見せている船の中に兄がいるはず、捜して下さい」というお願いが続いたそうです。
その活動をしていると、活動している自分の体も、心も、次第のおかしくなっていくのを覚え、どうにもやりきれない状態になっていったとのこと。その時、その年の7月に、第1回の船上回向のお話しをいただいて同行しておつとめを一緒にさせていただいた。そのおつとめに同行をして行く中で次第に心が落ち着き、何かしら、前向きになっていくことが出来たそうです。
船上回向のお念仏を通して、心が前向きになっていき、それ以降の活動に意欲的に取り組めるようになった、とのことです。
このお話を聞いて、我々、何も出来る体力も力も技術もない、どのようなことが被災者に出来るのか、と思い悩んでいましたが、「おつとめ」することが、ボランテイアをしている人達にまでも力にもなっているということをお聞きし、法務にたずさわることの意味を改めて教えていただきました。
心と向き合うことの意味を教わった、本当にありがたい、いろいろ学ぶことの出来た船上回向の旅でした。 合 掌